ハザードマップ活用術

企業向けハザードマップ活用術:複合災害リスクに対応するBCP構築の鍵

Tags: BCP, ハザードマップ, 企業防災, リスク評価, 複合災害

企業を取り巻く災害リスクとBCPの重要性

現代において、企業が事業を継続するためには、災害リスクへの備えが不可欠です。自然災害は単独で発生するとは限りません。地震の後に津波や液状化、あるいは大規模火災が発生する、集中豪雨が土砂災害と河川の氾濫を同時に引き起こすなど、複数の災害が連鎖的または複合的に発生する「複合災害」のリスクも考慮に入れる必要があります。

企業の事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)は、こうした災害発生時においても、中核となる事業を中断させない、あるいは中断しても早期に復旧させるための具体的な計画です。このBCPの実効性を高めるためには、事業所やサプライチェーンが抱えるあらゆる災害リスクを網羅的に把握し、評価することが重要となります。そのための有効なツールが、ハザードマップです。しかし、単一のハザードマップを見るだけでは不十分であり、複数のハザードマップ情報を統合的に活用する視点が求められます。

なぜ複数のハザードマップを確認する必要があるのか

一言で「災害」と言っても、その種類は多岐にわたります。地震、津波、洪水、土砂災害、高潮、火山噴火など、それぞれ異なる特性を持つ災害に対して、国や自治体は個別のハザードマップを作成しています。

例えば、海岸線に近い事業所であれば、地震による揺れのハザードマップだけでなく、津波、高潮のリスクも確認する必要があります。さらに、地盤によっては液状化の可能性も考慮に入れなければなりません。内陸の事業所でも、河川が近くにあれば洪水、山や崖が近接していれば土砂災害のリスクが考えられます。

これらの災害は、必ずしも単独で発生するわけではありません。例えば、大規模な地震が沿岸部で発生した場合、強い揺れだけでなく、その後に津波が押し寄せ、さらに液状化による建物の沈下や傾斜、道路の寸断が発生する可能性があります。また、豪雨災害においては、河川の氾濫による浸水被害と同時に、がけ崩れや土石流といった土砂災害が広範囲で発生することも珍しくありません。

このように、複数のハザードマップを重ね合わせることで、事業所が複合的な災害リスクにどのように晒されているのかを多角的に評価し、潜在的な脆弱性を特定することが可能になります。これは、自社事業所だけでなく、重要な取引先やサプライチェーン上の拠点のリスクを評価する際にも同様に重要です。

複数のハザードマップ情報を統合・分析する具体的なステップ

複合災害リスクをBCPに効果的に組み込むためには、以下のステップでハザードマップ情報を統合・分析することが推奨されます。

ステップ1: 関連するハザードマップの特定と収集

まず、自社の事業所やサプライチェーン上の重要拠点が存在する地域の、あらゆる種類のハザードマップを特定し、収集します。 * 自治体公式サイトの活用: 各市町村や都道府県の防災担当部署、危機管理課などのウェブサイトには、地域のハザードマップが掲載されています。洪水浸水想定区域図、土砂災害ハザードマップ、地震に関する地域危険度マップなどが代表的です。 * 国土交通省ハザードマップポータルサイト: 全国のハザードマップ情報を集約しており、地域から手軽にアクセスできるため、情報収集の効率化に役立ちます。 * 各ハザードマップの凡例の確認: ハザードマップには、浸水深、揺れやすさ、土砂災害警戒区域の種別など、それぞれの災害に応じたリスクレベルが凡例で示されています。これらの凡例を正確に理解することが、適切なリスク評価の基礎となります。

ステップ2: リスクの洗い出しと重ね合わせ

収集したハザードマップ情報を、事業所の立地と関連付けて分析します。 * リスクの視覚化: 複数のハザードマップをデジタルツール(GISソフトなど)で重ね合わせる、あるいは印刷物を透明なシートに写して重ね合わせるなどの方法で、各ハザードがどの範囲で、どのような強度で発生しうるかを視覚的に把握します。 * 事業所への影響評価: 重ね合わせた情報に基づき、自社の建物、設備、重要資産、従業員の動線などが、どのハザードに対してどの程度の危険に晒されるかを具体的に評価します。例えば、特定のエリアが地震による液状化の可能性が高く、かつ洪水浸水想定区域にも含まれるといった複合リスクを特定します。 * ライフラインへの影響評価: 電力、ガス、水道、通信、交通網といったライフラインが、どのハザードによってどの程度影響を受ける可能性があるかについても評価します。これらは事業継続に直接関わる要素です。

ステップ3: 複合リスクシナリオの検討

洗い出したリスクの重ね合わせに基づき、複合災害シナリオを具体的に検討します。 * 発生確率と影響度の考慮: 各ハザードの発生確率と、それが事業継続に与える影響度を考慮し、最悪のシナリオだけでなく、発生頻度は低いが高影響なシナリオ、比較的発生頻度が高くても影響が大きいシナリオなどを複数想定します。 * 時間軸の考慮: 災害が連続して発生する時間軸(例: 地震発生後、数時間で津波到達)も考慮に入れ、時間経過とともにリスクがどう変化するかを検討します。 * サプライチェーン全体での検討: 自社事業所だけでなく、原材料の調達先、生産委託先、物流拠点など、サプライチェーン全体で複合リスクがどのような影響を及ぼすかを検討します。これにより、予期せぬサプライチェーンの寸断リスクを低減できます。

統合されたハザード情報からBCPへ落とし込む

統合的に分析したハザードマップ情報は、BCPの実効性を飛躍的に高めるための貴重なインプットとなります。

BCPにおけるリスク評価への反映

洗い出した複合リスクを、事業継続計画のリスク評価フェーズに具体的に反映させます。各シナリオにおいて、事業の中断がどの程度の期間継続し、どの程度の経済的損失や風評被害が発生しうるか、定量的な評価を試みます。これにより、対策の優先順位付けが明確になります。

具体的な対策の検討と実施

特定された複合リスクに対して、具体的な対策を検討し、BCPに盛り込みます。 * インフラ対策: 施設の耐震補強、浸水対策(止水板の設置、重要設備の高所移設)、停電対策(自家発電設備の導入)。 * 事業体制の強化: 代替生産拠点やオフィスの検討、事業の分散化。 * 人的資源対策: 複合災害シナリオを想定した従業員の避難訓練、安否確認システムの導入、BCP発動時の指揮命令系統の明確化。 * サプライチェーン対策: 複数の調達先の確保、重要な部品や原材料の備蓄。 * 情報対策: データのバックアップ体制、遠隔地からのシステム復旧体制。

上司や関係者への説明資料への活用

ハザードマップの情報を統合し、視覚的に分かりやすく整理することで、上司や経営層、関係部署への説明資料としても非常に有効です。「なぜこの対策が必要なのか」という問いに対し、複合的なリスク評価に基づいた具体的な根拠を示すことが可能になります。被害想定額や対策費用、そしてそれによって得られる事業継続の価値を明確に提示することで、予算獲得や理解促進に繋がります。

まとめ

ハザードマップは、単に個々の災害リスクを示すだけでなく、複数の情報を統合し分析することで、事業継続計画(BCP)の策定において極めて重要な役割を果たします。複合災害という現実のリスクに効果的に対応するためには、各ハザードマップを多角的に読み解き、事業所が抱える真のリスクを正確に把握することが不可欠です。

このプロセスを通じて得られた知見は、具体的な防災対策や事業継続戦略に落とし込まれ、企業のレジリエンス(回復力)を高めることに直結します。定期的にハザードマップ情報を確認し、自社のBCPを見直すことで、不測の事態にも対応できる強固な事業基盤を構築してください。

詳細なハザードマップ情報や防災計画に関するガイドラインについては、自治体公式サイトや専門機関の情報もご参照ください。